『二百年風車』


ぎー、ぎー、ぎー。
今日もあのうるさいヤツが回っている。
風はあるたんびこうじゃ、気がめいってしまう。

あの風車はよりにもよって俺んちの近くに立っている。
すっかりぼろくなっちまっているが、大きさだけは偉大な旧世界の遺物だ。
おじいさんの古時計ではないが、
100年も200年も前からこの土地にあるらしい。
うちのじいさんも
「昔から風のある日はうるさくて眠れんかった。」
なんて言ってる始末だ。
200年というのは、あながち大げさな数字とは言えないもんだ。

                   丘の上のポルト

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「ポルト!ポルト!起きろ。」
眠い目をこすりながら目を覚ますと、じいさんが顔を青くしていた。
「どうした、じいさん。まだ夜中じゃー」
「しっ!静かに!」
いったいどうしたんだ?
ポルトは何が起きたのか、さっぱり理解できないでいる。
全く、このじいさんは何が言いたいんだ?
身の回りで起きている事といえば、今夜も風が強く、
風車が回っている音が聞こえるくらいだ。
本当に真夜中に迷惑だな、じいさんぼけちまったのか、とポルトは思った。
「今夜も風車のやつがうるさいなあ。」
ポルトはのんきに言った。
「その風車じゃよ!音がおかしくないか?ほら風車の回る音が。」
「音?」
ポルトは目を半分つぶったまま耳をすました。
ぎー、ぎー、ぎー。
いつも通りの大げさな回転音だ。風が強いせいか今日は回転数が多い。
「静かに。」
スノックじいがポルトを制した。
ガッ、ガッ、ギー。ギー。
風車の回転を妨げている何かがあるような、そんな耳障りな金属音がした。
「おかしな音が混じってる。」
確かに異音が確認できた。
ポルトは異音に気付き目が覚めた。彼はこのことに危険を感じたからだ。
「そうじゃ。一時間ほど前からあの調子でな。」
ポルトはベッドから飛び起き上着を羽織った。
「じいさん、様子を見に行こう。
 もし風車が止まったりしたら大変だ。村に水が回らなくなる。」
二人は真夜中の丘に繰り出した。


丘は、激しい暴風にさらされていて立っているのもやっとであった。
足首の丈ほどある草たちも風でうねりにうねっている。
その暴風の壁を切り裂いて、風車の回転音に異音が混じって聴こえる。
ガッ、ガッ、ガッ。
二人が風車に近づくにつれ、異音が大きく聴こえてくる。
「ポルト。風車は、風車はどうなっておる?目の良いお前なら見えるな。」
目を凝らすと、大きな風車の羽が黒い影となって回転しているのが確認できた。
旧世界の遺物は闇の中でも、その存在感は確かであった。
「一応動いているみたいだ。」
スノックじいは、その言葉で少しだけ安堵した。
「だけど、暗くて異常も何も分かったもんじゃない。
 へたに近づいたら風車に 巻き込まれて大怪我だ。」
スノックじいはもっと風車の様子を見てもらいたかったが、
孫の言うことはもっともであったため頷くしかなかった。
「わかった。今夜は帰ろう。明日、明日もう一度見に来よう。」
二人は風に飛ばされぬよう、身をかがめながら帰路についた。


ポルトとスノックじいの二人は、朝早く風車の様子を見に行った。
一見したところ何も問題はないように見えた。
しかし異音があったからには、何かしら問題が生じているはずである。
二人は起き立ての頭を無理やり働かせながら風車を念入りに調べた。
ポルトは風車を調べながら、その存在をあらためて確かめていた。
自分が生まれる前からこの丘の上に静かに在った風車を。
何の疑問に感じることもなかった。
なぜここに建っているのか。誰が建てたのか。いつ建てたのか。
明確な答えは村の誰も語ってはいなかった。
村の中心にある古びた酒場で、酔っ払った年寄りが弾けないリュートを片手に
「じいさんの〜じいさんの時から〜建っている〜二百年風車〜。」
と歌っていたのを知っているだけである。
この『二百年風車』をいう名だけが、この村の共通認識のようで
それ以外は誰も知らないようだ。
二百年というのも、大昔から、という意味合い程度のものであろう。
この村では、この風車の動力を用いて丘の下から水をくみ上げ、
村全体に行きわたせている。
飲料水も、農業用水もだ。風車が止まることは村の生活ができなくなることを意味している。



二人は風車の羽の回転軸にどす黒い錆を発見した。
錆は軸全体に及んでおり、特に軸の付け根の部分はひどい。
付け根の部分は風車の内側に入り込んでいるので、一見分かりにくい。
しかし、身を乗り出し目を凝らすと確かに確認できる。
長い年月をかけてゆっくり成長した錆、それが
ここ数日の多雨と風の影響で一気に顕在化したのだ。
微風の中、風車はぎしぎしと揺れているだけで回転はしていなかった。
気持ちよく回転したい、と人間たちに訴えているようにも見える。

「せめてあいつがおればな。」
スノックじいはぼそりと空を眺めながら言った。
「親父はまだ帰ってこないよ。」
ポルトも空を見ながら返答した。
村で唯一の技師であった父親をポルトは思い出した。
父親は現存する機械技術に関しては、ある程度扱えた。
「わし等の責任じゃ。風車をろくに整備もせずに、動力だけ取り出した、
 わし等の。旧世界の遺物に触れるのが怖かったんじゃ。」
スノックじいの身体が震えていた。
ポルトは瞬間的にカチンときた。
「じいさん!まだ直せなくなったわけじゃないだろ。あきらめるの早過ぎるんだよ。」
ポルトは錆を石で削り始めた。1,2回削っただけでは錆は取れなかった。
しかし10回削れば少し落ちた。
「へへ、やっぱりいけるぜ。錆びた軸全部直してやるよ。」
ポルトは取り付かれたかのように錆取り作業に没頭した。



スノックじいは日中の錆取りに疲れ果てながら、
酒場の隅の小さなテーブルで酒を飲んでいた。
作業を繰り返した手は、疲れからくる震えでコップがまともに持てない。
しかし酒場の程よい雑音に包まれているせいもあり、気分は悪くなかった。
スノックじいは苦笑した。
ポルトに昼間言われた事を思い出す。
「錆を削り取る。簡単なことだった。」
独り言を宙に投げかけ、また苦笑した。
わしは『錆を取ること』すら思いつかなかった。
いやより正確に表現するならば、酷く広がった錆を見て『直そうとせずあきらめた』のだ。
わしらからは技術に対する知識と情熱を失っている。
わしらは滅び行く世代なのだろう。

コップを木のテーブルに置く音。
スノックじいは横にリュート弾きの老いぼれが立っているのに気が付いた。
「よう、スノック。今日はいい顔してるじゃねえか。」
赤くなった顔と酒の匂い。
リュート弾きはかなり酔っているのをスノックじいは確認できた。
「ふん、相変わらずだな。わしも相変わらずだが。」
すっかり少なくなった酒を一気に飲み干し、スノックじいは続けた。
「そうか。顔に出てるのか。」

ポロン・ポロン。
リュート弾きは乱暴に椅子に座り、その外見からは想像し難い音色を奏でた。
リュート弾きは自らのリュートに合わせて歌った。

百年前に終わった大戦争の事を。
技術を失った生き残りたちの悲哀を。
それでも廻り続ける風車と日常を。

「リュート弾きよ。わしらは、その詩を変えねばならぬかもしれん。」



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丘の上の風車は南からの暖かな風を存分に受け、気持ちよさそうに回っていた。
生まれ変わった風車は歌うように羽を回転させている。
こころなしか、以前より村を巡る水の流れが速くなったようだ。
もっと大きな変化は、風車の音が静かになったこと。
ポルトが錆を取った後、油を塗ったのだ。

これで風の強い日もぐっすり寝ていられるな。
ポルトは窓の外の風車を見てそう思った。



Fin


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